Abies sachalinensis var. corticosa, Abies sachalinensis f. corticosa[2]
和名 トドマツ(椴松) 変種本文参照
トドマツ(Abies sachalinensis)は、マツ科モミ属の樹木である。
マツと付くものの、いわゆるマツ(松、英語:pine)が属するマツ属 (Pinus)ではなく、モミ属 (Abies) に分類される。学名 Abies sachalinensis の種小名 sachalinensis はサハリン (樺太) に由来し産地を表す。漢字表記では椴松と記す。北海道においては他の針葉樹も含めて青木と呼ばれるという[3]。
一般に以下の2つの変種が知られている[2]。
これに加えてさらに以下の2変種を認める場合がある[3]
シラビソ (Abies veitchii)にごく近縁とされる。最終氷期あるいはそれ以前の氷期に本州まで南下したトドマツが、氷期の終わりとともに隔離されて分化した集団がシラビソと考えられる。現在の東北地方には、南部を除いてトドマツもシラビソも分布しないが、最終氷期には本種が東北地方にも広範囲に分布していたことが、化石資料から知られている。
北海道のほぼ全土と千島列島南部、サハリン、カムチャツカ半島の針広混交林から亜寒帯林にかけて分布する。
基変種アカトドマツ(Abies sachalinensis var. sachalinensis)はアオトドマツ (Abies sachalinensis var. mayriana) よりも寒冷な場所で見られる。北海道においては前者は石狩・日高以北に分布している[4]。
適度に水分のある肥沃な土地を好む[4]。
樹高は通常20-25 m程度だが、大きいものでは35 mに達する場合もある。樹形はトウヒ属のエゾマツ (Picea jezoensis) やアカエゾマツ (P. glehnii) と似る。葉は長さ15-20 mm程度で先端は2裂する。球果は黒褐色で5-8.5 cm程度で枝上に直立し、他のモミ属同様鱗片をばらばらに散らしながら種子を散布する。前述のトウヒ属の2種とは、葉の先端が裂けているか否か、および球果の構造(トウヒ属の球果は枝から垂れ下がり、松かさのように鱗片を開閉させるだけで種子を散布し、モミのようにバラバラに分解しない)。
基変種アカトドマツと変種アオトドマツの分かりやすい違いは種鱗が球果から出る程度である。前者が余り飛び出ないのに対し、後者は長く飛び出る。ネムロトドマツ(エゾシラビソ)はこれが全く飛び出ておらず、球果も小さめ[3]、オニハダトドマツは樹皮がエゾマツの様に裂けるという[3]。
本種は耐陰性が高い。明るすぎるところは好まないといい、陽光度50 -80%の場所が最適だという[5]。
北海道においてはエゾマツ、ミズナラ、シナノキ、ベニイタヤなどと混生するが、しばしば純林を形成する時もある[3]。
何種類もの昆虫がトドマツを餌として利用している。
若い苗木にはトドマツオオアブラムシ (Cinara todocola) が群がり、汁を吸う。付着数が甚だ多い場合は枯死する場合もある[4]。この昆虫の拡散は速い。広葉樹などで隔絶された区画一帯に殺虫剤ベンゼンヘキサクロリド (BHC)を5月に散布したところ、同年8月には無散布の対照地と同レベルの寄生状況だったという[6]。
木材を食べるものにシラフヨツボシヒゲナガカミキリ (Monochamus urssovi)の幼虫がいる。このカミキリムシは数が少ないうちは被圧木などの弱った木を利用して細々と暮らしているが、伐採跡地に残された丸太などで大量に増殖すると健全木にも積極的に産卵する(mass attack)ので造林上の害虫となる時がある。本種の他にアカエゾマツ (Picea glehnii)、エゾマツ (P. jezoensis), グイマツ (Larix gmelinii var. japonica)、カラマツ (L. kaempferi) などにも産卵する[4]。成虫は羽化後、性成熟を行うために「後食」といい枝を食害する。
いくつかの菌と共生し、菌根を形成する。
子嚢菌の一種、Gremmeniella abientina はトドマツ枝枯病 と呼ばれる病気[4]を引き起こす。春先の針葉の落葉に続き、枝が枯れる、それが数年続くと個体の枯死まで招くこの病気は本種の特に重大な病気の一つである。病名には「トドマツ」と付くが、本種や本種が属するモミ属 (Abies)に限らず病気を引き起こす多犯性の菌であり、欧米ではむしろマツ属 (Pinus), トウヒ属 (Picea)の樹木の病気として知られている。病気の英名はen:Scleroderris cankerとされ、これは病原菌のシノニム Scleroderris lagerbergii に由来し学名変更後も広く用いられている。
病原菌の接種は樹皮剥ぎや深い切り傷への接種よりも、ドライアイスによる凍傷に接種した方が発病率が高く症状の進展も急であるという報告がある[7]。接種部位は冬芽よりも不定枝の時に高い発病率を示した[7]。トドマツ罹病木からの病原菌の再分離は落枝からのみ検出され、落葉した針葉からは検出されなかったという[7]。これに対し、同じくこの病気に感受性のあるストローブマツ (Pinus strobus) 罹病木では針葉からも再分離されたといい樹種によって異なっているようである[7]。
生きている木(立木)を腐朽させてしまう菌がいくつか知られている。根株の心材腐朽を起こすものとしてマツノネクチタケ (Heterobasidion annosum) などが知られている。この菌はトドマツに限らずマツ属 (Pinus)、トウヒ属 (Picea)、モミ属 (Abies) などの各種針葉樹を侵し、欧米では特に問題視されている菌である。本種においても感染が問題になっている。トドマツの根にマツノネクチタケを接種して4年後に伐倒し調査したところ、腐朽は接種箇所より80cm程度上まで進行していたという[8]。材の部分の色は腐朽前に暗灰色からに変色することから始まり、腐朽が進むと黄褐色から赤褐色に変わる[8]。オレンジ色と表現されることもある[9]。最終的には白色へと変色していくという[8]。
本数割合にして7割が腐朽していた十勝地方の68年生トドマツ林の調査例では、マツノネクチタケ被害木は林内に散在し、地形的な特徴(ex. 谷の近く)などは見られないという[9]。土壌についてはこの激害地は適潤性褐色森林土 (BD型) であり根が発達する深さには石は少なかったという[9]。 マツノネクチタケにはいくつかの系統があり、寄生する樹木の種類や生態でさらに細分化できる。この激害地の菌を分析したところトウヒ・モミ型 (Spruce - Fir group, SF型) だったという[9]。
他にもナラタケ (Armillaria mellea) なども腐朽を引き起こす。
トドマツは後述のように水食いと呼ばれる木材内部の水分過多状態となっていることが多く、これが冬の寒さで凍結し裂けてしまう凍裂を起こしやすい[5]。これが腐朽菌侵入の門戸の一つとなる。
トドマツの木材は我々にとって有用である。材はパルプやチップの原料としての比較的低級な使い方だけではなく、製材されて使われることも多い。スギの自生しない北海道では主要な建材とされ、さらにアカマツやクロマツの代用として松飾りに用いられる。
平成22年度の北海道林業統計によれば北海道におけるトドマツの材の蓄積は約202百万㎥、全樹種の蓄積の27%程度にあたると見積もられており[10]、北海道において最も蓄積の多い樹種である。
材はほぼ白色から淡黄白。本種の心材[注釈 1]と辺材[注釈 2]の色には違いがほとんどなく、両者を見た目で区別することは難しい[11]。このような心材を無色心材、淡色心材、もしくは熟材と呼び、モミ属やトウヒ属の木材では普通に見られる[11]。
この様な樹種では辺材部と心材部の違いを含水率の差から判断することが出来る。一般に針葉樹では辺材部が高く心材部が低くなる[11]。ところが、トドマツの材ではこの関係が逆転して心材部が異常なほど高い含水率を示すことがしばしばおこり、水食い材(wetwood) と呼ばれる[11][5]。トドマツの水食いはかなりの確率で起こり、北海道各地で15000本余りの個体を調査した結果平均すると約4割、場所によっては9割以上の個体が水食い状態であったという[12]。
前述の通り、色では見分けがつかないと言ったが、これは心材と辺材の含水率が同じ状態での話である。水分濃度の違いは色の濃淡に表れる。水食いのトドマツの心材部は辺材部以上に濃い色を示す。なぜ心材部が異常なほどの水を蓄え、「水食い」状態になるのかはよくわかっていない[11][13]。
水食い材は業者が製材用としては引き取りたがらず、より安いパルプ・チップ用として買い叩くので、林家や生産事業体にとって経済的な打撃となる。
水食い材の強度について、乾燥・湿潤という2種類の含水率で健全材と力学的な強度を比較したところ、どちらの含水率でも両者の強度に差はなかったという報告がある[14]。
材の気乾比重は0.32 - 0.48、乾燥と加工は容易だという[11]。
他のモミ属同様、腐朽に対する耐性は低く腐りやすい。しかし、水に触れるような場所で使用した場合、エゾマツ(トウヒ属)よりも持ちが良いという[3]。カナダバルサムはバルサムモミ Abies balsamesaの樹脂を原料とするが、本種のそれは代用になるという[3]。